咚咚吊桥 坠落第 30 部分

「そうなんですかううん。じゃあ確かに、完全なアリバイが成立しますね」「でしょ」

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「ということは」

「残りの四の中に犯がいるって話ですかねえ」

腕組みをしてソファのでふんぞり返っていたＡ元君が、おもむろにを開いた。Ｕ山さん以にアルコールが入っているはずだけれども、話しぶりはまだまだしっかりしたものである。

「葛西さん以外の四には、少なくとも度は抜け番が回ってきたわけですよね。その間に雀部屋を抜けして、こっそり離れへ向かうチャンスはみんなにあった」「そうだね」

何となく外部犯の可能は切り捨てられてしまっているようだが、まあいいだろう。仮にこの事件を〝犯当て？の問題と見なして取り組むのであれば、犯は部の関係者の中にいる、というのがおおかたで了解された〝お約束？なのだから。

６

「にしても、どうして犯は、シンちゃんを殺すにわざわざ目し帽を被せたりしたんでしょうね」続けてＡ元君が提示した疑問に、「それはどうとでも考えられる問題だと思うけど」

さほど躊躇《ちゅうちょ》することなく、僕は答えた。

「もともと離れに置いてあったものを使ったわけだから、きっとその場の思いつきでやったことなんだろう。なつっこいシンちゃんが近寄ってきたのを捕まえて、目し帽を頭から被せた。そうしてしまえば当然シンちゃんの動きは鈍くなるはずだから、凶器の狙いを定めやすい。にも、たとえば殴りつけた時に発せられるかもしれないび声を、ある程度消せるとかね。血が飛び散ったりするおそれもあるから、それを防ぐためという意図もあったのかもしれない」Ａ元君は「ふむふむ」と納得顔である。になったグラスに新しい氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。その横ではＵ山さんが、何だかおぼつかない手つきで新しい缶ビールを開けようとしている。

「アリバイのない四には、シンちゃんを殺すどんな動機があったのかな」と、これもまたＡ元君による問題提起である。

「さんのふみ子さんと、その旦那の山田さんでしょ。それから牧場主の鈴木さん。古い友だちの佐藤さん。――はて」「動機ねえ」

僕はカップを取りげ、まだ少し残っていたコーヒーを飲みした。

「山田さん夫については、容易に想像がつくよね。昨年に亡くしたばかりの息子と同じ名を、よりによって山で拾ってきた猿なんかに付けられちゃったんだから。いくら葛西氏に意がなかったとしても、愉に思うわけがない。それを巡って葛西氏との間にいざこざがあったかもしれないし」

「ううん。ありえないことじゃないっすね」

「仮にそうだったとしたら、殺意が直接葛西氏のに向かわなかっただけ平和だと云えるのかも」「まあ、確かに」

「鈴木さんは猿が嫌いだったそうよ」

と、Ｋ子さんが新たな報を提した。

「山から降りてきたお猿さんたちがね、牧場の牛や馬に何だかんだと悪さをするんですって。元からあまり猿が好きじゃなかったに、そんな被害があるものだから、すっかり猿嫌いになっちゃったらしいの。だからね、葛西さんがシンちゃんを飼いはじめた時も、鈴木さんは凄く嫌がってたんだって」「そんなことで殺しちゃったわけですか」

Ａ元君はそうに首を捻る。

「ありえないかしら」

「いや、それはそれで全然ＯＫだと思いますけど」

と、僕はＫ子さんのフォローに回ることにした。

「猿が嫌いだから殺した。――うん。単純明ですね。雀の抜け番の時に部屋をて、そこでふとにかられてって、現実の世の中にはそういう、意外にたくさんいるみたいだし」「はい。はーい」

いきなりまたＵ山さんが、今度はソファから立ちがって手を挙げた。

「自慢じゃないけれども、ボクも猿は嫌いだなあ」

「あら。そうなの？」

と、Ｋ子さん。Ｕ山さんはを込めて、「許せないなあ、ボクぁ。あんな連中は断じて、紛れもなく」

「でもＵ山さん、むかし緒に動園へ行った時に、お猿さんの山のでじっと立ち止まって、何度も『猿はいいなあ』って云ってなかった？『ボクも猿に生まれ変わりたいなあ』なんて」Ｕ山さんは立ったまま「おお」とをのけぞらせたが、そのあとすぐ、ひどく悩ましげにこうべを垂れて、「動園そんなところ行ったかなあ。ボクぁよく憶えてないなあ」「忘れちゃったの？」

Ｋ子さんはぷっと頬を膨らませる。

「失礼しちゃうわね」

「あと、佐藤さんには何も動機がないわけですね」

と、Ａ元君が話を引き戻した。

「実は佐藤さんも猿が嫌いでしたっていうのも、ありっちゃありかなとは思うけど」「その夜の雀で番負けたのって、佐藤さんだったんじゃなかったっけ。でもって、番勝ったのは葛西氏」

思いつくままに僕が云うと、Ａ元君はまたそうに首を捻り、「それが動機ですかあ？」

「雀はいろんなドラマが起こるからねえ」

わざと鹿爪《しかつめ》らしい顔をして、僕は云った。

「ひょっとしたら、佐藤さんが断トツのトップ目のオーラスで、葛西氏の凄くあこぎな引っかけリーチがかかって、佐藤さんがそれに発で振り込んでしまって、裏ドラやカン裏もいっぱい乗って数え役満になってなんていう悲惨な事件があったのかもしれない。葛西氏の逆転トップでその半荘が終わって、佐藤さんに抜け番が回ってくる。佐藤さんは忿懣《ふんまん》やるかたなく雀部屋をて、葛西氏の事にしているシンちゃんを」

「ううん。それもまあ、絶対にありえないことじゃないっすね」「そうよねえ」

こくこくと頷いて、Ｋ子さんが言。

「するに、何でもありってことね」

まったくもってそのとおり。――今この場にある報だけを元に犯の動機を正しく推定することなど、そもそもできるはずがないのだ。裏返して云うと、猿匹を殺す動機くらい、その気になればどうにでもでっちげられるわけで、そんな問題をいくらここで論議してみてもあまり意味がない、ということである。

７

ふとの時計を見ると、いつのまにか時刻は午零時を回ろうとしている。四がを閉じてさえしまえば、更けゆく晩秋の夜は何とも々《しんしん》とした静けさであった。

Ｋ子さんがキッチンに立ち、コーヒーのお代わりを淹《い》れるために湯を沸かす。ことことと鳴りはじめる薬缶《やかん》の音を聞くうち、薬とアルコールによる眠気が再び絡みついてきて、僕の頭を半朦朧状態へと導いた。

湯を沸かしている間に、Ｋ子さんはベランダの戸を少し開けて換気をした。冷たい気が足に流れ込んでくる。外の寒さは相当なものである。あと何週間か経てば、このあたりはそろそろ雪景だろうか。雪に閉ざされた別荘地というのも、なかなかそれっぽい趣《おもむき》があって悪くないだろうな。――そんなことを考えて眠気を払いながら、僕は鞄からノートを冊引っ張りしてテーブルのに置いた。

紙のページを開き、そこにボールペンで五つの名を書き並べてみる。

葛西

山田

ふみ子